モイmoy
天之御柱のかたわらに矛を手にして立つ伊邪那美命。朱の領巾をまとい、霧の向こうに生まれたばかりの島々が見える
神さま図鑑 No.003

伊邪那美命(いざなみのみこと)

イザナミ・はじまりの神々

島々と神々を生み、黄泉の国の大神となった母なる神

  • 縁結び
  • 夫婦円満・家内安全
  • 安産・子宝
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ひと目でわかるイザナミ

よみいざなみのみこと
別名伊弉冉尊(『日本書紀』)、黄泉津大神(よもつおおかみ)、道敷大神(ちしきのおおかみ)
神格国生み・神生みの母神、黄泉の国の大神
おもなご利益縁結び・安産・子授けなど
おもな神社花窟神社(三重県)、比婆山久米神社(島根県)
家族夫 伊邪那岐命/子 大八島の島々、大山津見神、火之迦具土神ほか
登場する書物『古事記』『日本書紀』

原文で読むひとこと

あなにやし、えをとこを
『古事記』上巻「島々の生成」(武田祐吉訓読)

ああ、なんとすてきな男性でしょう。天之御柱をめぐって出会ったとき、イザナミが先にかけた言葉です。武田祐吉は「アナニヤシ」を感動を表す言葉、「エヲトコヲ」を「愛すべき男だ」の意と注しています。

どんな神さま?

伊邪那美命(いざなみのみこと)は、伊邪那岐命(イザナギ)と対になって現れ、日本の国土を生んだ女神です。『古事記』によれば、2柱のあいだに生まれた島は14、神は35柱。淡路島や四国、九州、本州といった島々から、海・川・風・木・山・野の神々まで、この国の土台となるものの多くがイザナミから生まれました。

その最後に火の神を生んだことがもとで亡くなり、黄泉の国(よみのくに)の神として「黄泉津大神(よもつおおかみ)」と呼ばれるようになります。命を生み出した母神が、死者の国の主ともなる——生と死の両方にかかわるところに、この女神ならではの奥行きがあります。名前の「み」は女性を表し、男神イザナギの「き」と対になっています。

神話のなかのイザナミ

天之御柱をめぐる結婚の儀式

淤能碁呂島(おのごろじま)に降りた2柱は、天之御柱(あめのみはしら)を立て、その柱をイザナギは左から、イザナミは右からめぐって、出会ったところで言葉を交わすことにしました。先に声をかけたのはイザナミでしたが、最初に生まれた水蛭子(ひるこ)は葦の船に乗せて流され、次の淡島も子の数に入りませんでした。

天の神々にたずねると、太占(ふとまに)という占いで「女が先に言葉をかけたのがよくなかった」と告げられます。柱をめぐり直してイザナギから呼びかけると、淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州の8つの島が次々に生まれ、この国は大八島国(おおやしまのくに)と呼ばれるようになりました。

火の神を生み、比婆の山に眠る

国を生み終えたイザナミは、家や海、川、風、木、山、野の神々を次々に生みました。けれども火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生んだとき、大やけどを負って病に伏してしまいます。苦しみのなかでも、吐いたものからは金属の神が、そのほかからは土の神や水の神が生まれ、穀物の女神・豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)の親にあたる和久産巣日神(わくむすびのかみ)までが現れました。

亡きがらの枕もとや足もとに這いつくばってイザナギが泣くと、その涙からも泣沢女神(なきさわめのかみ)が生まれます。『古事記』は、イザナミを出雲の国と伯伎(ははき)の国の境にある比婆の山に葬ったと記しています。

黄泉の国の大神となる

イザナギが黄泉の国まで迎えに来たとき、イザナミは「悔しいこと、もっと早く来てくださればよかったのに。わたしはもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました」と答えます。それでも、いとしい夫が来てくれたのだからと、帰れるかどうか黄泉の神と話し合うことにし、そのあいだ姿を見ないよう頼みました。

約束が破られ、変わり果てた姿を見られたイザナミは「わたしに恥をかかせた」と夫を追い、ついに黄泉比良坂(よもつひらさか)で千引の石(ちびきのいわ)をはさんで向かい合います。「あなたがこうするなら、あなたの国の人の命を一日に千人奪いましょう」と告げたイザナミは、のちに黄泉津大神と呼ばれ、夫に追いついたことから道敷大神(ちしきのおおかみ)の名も持つようになりました。

古事記と日本書紀のちがい

国生みの順序は、記紀で大きく異なります。『古事記』では儀式のやり直しのあと最初に淡路島が生まれ、本州は8番目です。一方『日本書紀』の本文には水蛭子と淡島の話がなく、淡路洲は子を包む胞衣(えな)にあたる「胞(え)」とされて、最初に生まれる島は大日本豊秋津洲(本州)です。そのあと伊予二名洲(四国)、筑紫洲(九州)、双子の隠岐洲と佐度洲、越洲、大洲、吉備子洲が続き、対馬や壱岐、各地の小島は潮の泡が固まってできたと説明されます。島の順序が異なる一書(異伝)もいくつも並んでいます。

イザナミの死の扱いも分かれます。『日本書紀』の本文ではイザナミは亡くならず、イザナギとともに日の神・月の神・蛭児・素戔嗚尊を生み、まだ天と地が近かったので、生まれた日の神を天の柱を使って天へ送り上げたと語られます。火の神による死と黄泉の国の物語は、一書にだけ記されています。

葬られた場所も、『古事記』は比婆の山、第五段の一書第五は「紀伊の国の熊野の有馬村」とし、土地の人々がこの神の魂を「花の時には花をもって祭り、鼓や笛、幡や旗を用いて歌い舞って祭る」と書き添えています。一書第十では、別れの坂で黄泉の道の番人がイザナミの言葉として「わたしはあなたとともに国を生みました。このうえ生きることを求めはしません。わたしはこの国にとどまり、いっしょには行きません」と伝え、菊理媛神(くくりひめのかみ)も何かを申し上げて、イザナギはそれをよしとして去ったと記されます。

家系図で二つの書物を切りかえて見る →
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姿のひみつ

生まれたばかりの淤能碁呂島で、天之御柱のそばに立つ「国生みの母」としての姿を描いています。黄泉の国の大神としての姿は、図鑑の代表図には選んでいません。髪形や衣装のよりどころにしたのは、群馬県伊勢崎市から出土した古墳時代の埴輪「盛装女子」(東京国立博物館、重要文化財)など、記紀より古い時代の女性の姿です。

  • 頭頂で平たく結った髷と縦長の櫛

    「盛装女子」の埴輪は、頭の上で平たい島田髷(しまだまげ)を結っています。そこに、古墳時代の遺跡から出土する縦長の竪櫛(たてぐし)をさしました。『古事記』でも櫛は、イザナギが髪にさした湯津爪櫛(ゆつつまぐし)が明かりになり、投げれば筍に変わる、不思議な力を持つ品として描かれています。

    東京国立博物館「埴輪 盛装女子」、『古事記』上巻「黄泉の国」

  • 白い衣と、腰から足首までの襞のある裳

    同じ埴輪の女性は、上下2か所を紐で留めた上衣に、襞(ひだ)のある裳(も)をはいています。この絵では裳を腰から足首まで届く長さにし、上には細い袖の白い衣を合わせました。古代の女性の正装を、国土の母となった女神の姿に重ねています。

    東京国立博物館「埴輪 盛装女子」

  • 朱色の領巾(ひれ)

    領巾は首から肩にかける長い布です。『古事記』では須勢理毘売(すせりびめ)が夫に「蛇のひれ」を渡し、3度振れば蛇が静まると教えます。武田祐吉は、ヒレを「白い織物で女子が頸にかける」もので、振ると力が生じると注しています。この絵では、白い衣と見分けやすいよう朱色にしました。

    『古事記』上巻「根の堅州国」(武田祐吉注)

  • 翡翠の勾玉の首飾りと腕輪

    「盛装女子」の埴輪は、耳飾り・首飾り・腕飾りで装っています。『古事記』でも、アマテラスが髪や両手に勾玉をつないだ玉飾りを巻く場面があり、玉は神々が身につける品として何度も登場します。ここでは緑の翡翠の勾玉を、首と手首にあしらいました。

    東京国立博物館「埴輪 盛装女子」、『古事記』上巻「誓約」

  • 高い木の柱(天之御柱)

    『古事記』では、淤能碁呂島に降りた2柱がまず天之御柱と八尋殿(やひろどの)を立て、その柱を反対まわりにめぐって出会い、言葉を交わしてから国生みを始めます。武田祐吉は御柱を「家屋の中心となる神聖な柱」と注しています。イザナミを柱のそばに立たせたのは、この儀式を表すためです。

    『古事記』上巻「島々の生成」(武田祐吉注)

  • 片手をそえた玉飾りの長い矛と、霧の海から現れる島々

    『古事記』は「かれ二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下して画きたまひ」と、矛を手にしたのが2柱いっしょだったことを伝えています。そこでイザナミにも矛を持たせ、背後の海には、2柱から生まれた大八島の島々が霧のなかから姿を現すようすを描きました。

    『古事記』上巻「島々の生成」

ご利益と信仰

三重県熊野市の花窟神社(はなのいわやじんじゃ)は、社殿を持たず、高さ約45メートルの岩壁そのものをご神体としています。『日本書紀』の一書が伝える「熊野の有馬村」の地とされ、毎年2月2日と10月2日の例大祭では、長さ約170メートルの大綱に季節の花(2月はツバキ、10月はケイトウ)を結び、岩の頂から海岸のほうへ渡す「お綱掛け神事」が行われます。花の時に花で祭ったという古い記録が、いまも祭りのかたちで続いているのです。2004年には、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部にもなりました。

『古事記』の比婆の山については、島根県安来市と広島県庄原市にそれぞれ比婆山があり、説が分かれています。安来市の比婆山久米神社は、山頂近くの奥の宮にイザナミの御陵と伝わる塚を守り、子授けや安産を願う人が訪れます。また『古事記』が「出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか)」とする黄泉比良坂の伝承地は島根県松江市東出雲町にあり、近くの揖夜神社がイザナミを主祭神としてまつっています。

国を生んだ母神であることから、縁結びや安産を願う人の多い神さまでもあります。淡路島南部のおのころ島神社ではイザナギとともにまつられ、縁結びや安産のご利益があるといわれています。伊勢神宮でも、内宮の別宮として伊佐奈弥宮が建っています。

会いに行ける神社

  • 花窟神社

    三重県熊野市有馬町

    社殿を持たず、高さ約45メートルの岩壁をご神体とする。2月と10月に花を結んだ大綱を掛ける例大祭がある

  • 比婆山久米神社

    島根県安来市伯太町

    比婆山の山頂近くに奥の宮、ふもとに下の宮がある。山頂にはイザナミの御陵と伝わる塚が残る

  • 揖夜神社

    島根県松江市東出雲町

    『出雲国風土記』に「伊布夜社」と見える古社。イザナミを主祭神とし、近くに黄泉比良坂の伝承地がある

  • おのころ島神社(自凝島神社)

    兵庫県南あわじ市

    淤能碁呂島の伝承地とされる丘に鎮まり、イザナギ・イザナミとともに菊理媛命をまつる

  • 伊佐奈弥宮(皇大神宮別宮)

    三重県伊勢市中村町

    内宮の別宮。夫をまつる伊佐奈岐宮のとなりに建ち、月読宮とあわせて4つの別宮が並ぶ

家系図のなかのイザナミ

子
蛭子火之迦具土神大山津見神和久産巣日神

『古事記』では、アマテラス・ツクヨミ・スサノオはイザナミが亡くなったあとにイザナギひとりから生まれますが、スサノオは「亡き母の国へ行きたい」と泣き続け、イザナミを母として慕っています。 上の一覧は『古事記』による関係です。家系図で日本書紀と見くらべる

よくある質問

イザナミのお墓はどこにあるの?
『古事記』は「出雲の国と伯伎の国との堺なる比婆の山」に葬ったとし、島根県安来市と広島県庄原市の比婆山が候補として知られています。『日本書紀』の一書第五は「紀伊の国の熊野の有馬村」とし、三重県熊野市の花窟神社がその地と伝えられます。どこか一か所に決まっているわけではなく、それぞれの土地で大切にまつられています。
イザナミが地上に帰れなかったのはなぜ?
『古事記』でイザナミは「吾は黄泉戸喫(よもつへぐい)しつ」、つまり黄泉の国の火で煮たものをもう食べてしまったと答えています。武田祐吉は、黄泉の国の火で作った食べ物を食べたために黄泉の人になったのだと注し、同じ火で煮たものを食べた者どうしがひとつに結ばれるという考え方を指摘しています。それでも彼女は、帰れるかどうか黄泉の神と相談しようとしました。
イザナミは怖い神さまなの?
黄泉の国で夫を追いかけ、人の命を奪うと告げる場面から、怖い印象を持たれがちです。けれどもそれは物語の一面で、イザナミは国土と多くの神々を生んだ母神でもあります。『日本書紀』の一書第十では、別れぎわに「わたしはこの国にとどまります」と静かに伝え、熊野では花を供え、歌い舞って祭るという伝えが残っています。
黄泉比良坂はどこにあるの?
『古事記』は黄泉比良坂を「今、出雲の国の伊賦夜坂といふ」と説明しています。伊賦夜の名を伝える揖夜神社のある島根県松江市東出雲町には、黄泉比良坂の伝承地があります。一方『日本書紀』の一書第六は、泉津平坂(よもつひらさか)をどこか特定の土地とは考えず、死に臨んで息が絶えようとするそのときを指すのだろうか、と書き添えています。

出典・参考資料

  • 『古事記』上巻(武田祐吉訓読)
  • 『日本書紀』神代上
  • 國學院大學『古事記』神名データベース
  • 東京国立博物館「埴輪 盛装女子」
  • 熊野市観光公社「花の窟神社」
  • 揖夜神社 公式サイト
  • 南あわじ市「おのころ島神社」
  • 伊勢神宮 公式サイト

神話の解釈やご利益には諸説があります。図鑑の書き方と絵の考え方はこの図鑑についてをご覧ください。

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