神さまの家系図
同じ神さまでも、書物によって親や生まれ方が違うことがあります。家系図の左上にあるボタンで『古事記』と『日本書紀』を切りかえると、線のつながりがその場で変わります。
家系図は横にスクロールできます。名前を押すと、その神さまのページへ移ります。
- 親子
- この書物だけのつながり
- 何代かのちの子孫
- 夫婦
- 後の時代の信仰で同じ神とされた
古事記で見ると、ここがちがう
天照大御神・月読命・須佐之男命の生まれ
古事記:黄泉の国から戻った伊邪那岐命が禊をしたとき、左目から天照大御神、右目から月読命、鼻から須佐之男命が生まれます。母はいません。
日本書紀では:本文では伊弉諾尊と伊弉冉尊の二柱が、日の神(大日孁貴)・月の神・蛭児・素戔嗚尊を順に生みます。一書第一には、伊弉諾尊が手にした白銅鏡から生まれる話もあります。
蛭子は何番目の子?
古事記:伊邪那岐命と伊邪那美命の最初の子が水蛭子で、葦の船に乗せて流されます。
日本書紀では:本文では日の神・月の神の次に生まれた蛭児が、三歳になっても足が立たず、天磐櫲樟船に乗せて流されます。
お稲荷さん(宇迦之御魂神)の親
古事記:須佐之男命と、大山津見神の娘・神大市比売の子で、大年神とはきょうだいです。
日本書紀では:本文には登場せず、一書第六で伊弉諾尊と伊弉冉尊が飢えたときに生んだ倉稲魂命として現れます。古事記より一世代上になります。
大国主神は須佐之男命の何代目?
古事記:須佐之男命と櫛名田比売の子・八嶋士奴美神から系譜が続き、大国主神は須佐之男命から数えて六代目にあたります。
日本書紀では:本文では素戔嗚尊と奇稲田姫の子・大己貴神として、直接の子になっています。一書には、二柱の子の五世の孫、あるいは六世の孫とする伝えもあります。
少名毘古那神の親
古事記:神産巣日神の子で、親の指のあいだからこぼれ落ちた子とされます。
日本書紀では:一書第六で高皇産霊尊の千五百柱の子のひとりとされ、こちらも指のあいだからこぼれ落ちた子と語られます。
建御名方神は登場する?
古事記:大国主神の子で、国譲りのとき建御雷神と力比べをして敗れ、諏訪へ逃れます。
日本書紀では:日本書紀には名前が出てきません。国譲りの場面で大己貴神が意見を求めるのは、子の事代主神です。
豊受大御神は登場する?
古事記:伊邪那美命から生まれた和久産巣日神の子・豊宇気毘売神として現れ、天孫降臨の場面では外宮にまつられる神と説明されます。
日本書紀では:日本書紀には登場しません。稚産霊は一書第二で軻遇突智と埴山姫の子とされ、食物の神としては一書第十一の保食神の話があります。
天之御中主神は最初の神?
古事記:天地のはじめに、高天原に最初に現れた神です。
日本書紀では:本文には登場せず、一書第四に名前が見えるだけです。本文で最初に現れるのは国常立尊です。
大山津見神の生まれ
古事記:伊邪那岐命と伊邪那美命が生んだ山の神です。
日本書紀では:本文には名前がなく、一書第七・第八では、斬られた軻遇突智の亡骸から生じた神とされます。そもそも日本書紀の本文には火の神の話がありません。
木花之佐久夜毘売の父母
古事記:大山津見神の娘で、姉は石長比売です。
日本書紀では:本文では「天神が大山祇神を娶って生んだ子」と名のり、文字どおりに読むと大山祇神が母になります。一書第二・第五・第六・第八は大山祇神を父としています。
誓約で生まれた神々
古事記:須佐之男命の剣から市寸島比売命ら三柱の女神、天照大御神の勾玉から天忍穂耳命ら五柱の男神が生まれ、物実の持ち主によって男神は天照大御神の子、女神は須佐之男命の子とされます。
日本書紀では:本文は古事記と同じですが、一書第一・第三では女神たちを日の神(天照大御神)が生んだ子としています。
家系図の見かた
細い実線は親子、朱色の線は夫婦をあらわします。点線は「何代かのちの子孫」で、たとえば『古事記』の大国主神は須佐之男命から数えて六代目の子孫にあたるため、点線で結んでいます。
切りかえた書物に登場しない神さまは、薄く表示して「〇〇には登場しない」と添えました。金色の点線は、神話そのものではなく、後の時代の信仰で同じ神さまと考えられるようになった結びつき(たとえば恵比寿と事代主神)です。
名前に枠のついた神さまは、図鑑のページがあります。押すとそのページへ移ります。
二つの書物で家系がちがうのはなぜ?
『古事記』は和銅5年(712年)にまとめられた書物で、天地のはじまりから推古天皇までを一続きの物語として語ります。そのため、神さまの生まれや家族も一つの筋道にそろえられています。
一方の『日本書紀』は養老4年(720年)に完成した国の歴史書です。神代の巻では、本文のあとに「一書に曰く」として、各地や各氏族に伝わっていた別の伝えをいくつも書き並べています。ある一書では親が違い、別の一書では生まれ方が違う、ということが珍しくありません。
つまり、どちらかが間違っているというより、当時すでにいくつもの伝えがあったことを、二つの書物がそれぞれのやり方で残しているのです。この家系図では『日本書紀』は本文を基本にし、本文にない神さまについては一書の伝えを「一書」と明記して示しています。
家系図の外にいる神さま
天岩戸の前で舞った天宇受売命、岩戸を開いた天手力男神、天孫の道案内をした猿田彦神は、記紀に親の名前が書かれていないため、家系図には入れていません。
八幡神は第15代の応神天皇と同じ神とされ、天神さまは平安時代の学者・菅原道真が神としてまつられたものです。七福神は、日本の神である恵比寿のほかは、インドや中国から伝わった神々が室町時代ごろから一組として信仰されるようになりました。
よくある質問
- アマテラスとスサノオはきょうだい?
- はい。『古事記』では、伊邪那岐命が黄泉の国から戻って禊をしたとき、左目から天照大御神、右目から月読命、鼻から須佐之男命が生まれたとされ、三柱はきょうだいです。『日本書紀』の本文では、伊弉諾尊と伊弉冉尊の二柱が日の神・月の神・素戔嗚尊を生んだと語られます。
- 天皇家の祖先とされる神さまは?
- 記紀では、天照大御神の孫の邇邇芸命が高千穂に降り、その曾孫が初代の神武天皇とされます。邇邇芸命と木花之佐久夜毘売の子が火遠理命(山幸彦)、その子が鵜葺草葺不合命、さらにその子が神武天皇です。
- 家系図に出てこない神さまがいるのはなぜ?
- 天宇受売命や天手力男神、猿田彦神のように、記紀に親の名前が書かれていない神さまがいるためです。また八幡神や天神さま、七福神のように、神話の系譜とは別のかたちで信仰が広まった神さまもいます。