モイmoy
雲の上の天の浮橋に立ち、天の沼矛を海へさし下ろす伊邪那岐命。矛の先からしたたる潮が積もって島になっていく
神さま図鑑 No.002

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)

イザナギ・はじまりの神々

天浮橋から海をかきまぜ、国のはじまりを生んだ父神

  • 縁結び
  • 夫婦円満・家内安全
  • 健康・長寿
広告

ひと目でわかるイザナギ

よみいざなぎのみこと(古くは「いざなき」とも)
別名伊弉諾尊(『日本書紀』)、伊邪那岐大神
神格国生み・神生みの父神、禊のはじまりの神
おもなご利益延命長寿・縁結び・厄除けなど
おもな神社多賀大社(滋賀県)、伊弉諾神宮(兵庫県)
家族妻 伊邪那美命/子 天照大御神・月読命・須佐之男命ほか
登場する書物『古事記』『日本書紀』『丹後国風土記』逸文

原文で読むひとこと

吾(あ)は子を生み生みて、生みの終(はて)に、三柱の貴子(うづみこ)を得たり
『古事記』上巻「身禊」(武田祐吉訓読)

わたしは子をつぎつぎと生んできて、その終わりに3柱の貴い子を得た。禊で三貴子が生まれたとき、イザナギが喜んで口にした言葉です。

どんな神さま?

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、天地のはじめに続いた「神世七代(かみよななよ)」の最後に、伊邪那美命(いざなみのみこと)と対になって現れた男神です。天の神々から「漂っている国を整え、固めよ」と命じられて天沼矛(あめのぬぼこ)を授かり、イザナミとともに日本の島々と、海や風、山や野の神々を生みました。

名前の「いざな」は「誘う(いざなう)」に通じるとする説があり、「き」は男性を表す語とされています。互いに誘い合う夫婦神であることが、イザナミの「み」と対になった名前にそのまま表れているのです。

妻を亡くしたあとは黄泉の国(よみのくに)まで会いに行き、逃げ帰って身を清めた「禊(みそぎ)」で、天照大御神(アマテラス)・月読命(ツクヨミ)・須佐之男命(スサノオ)の三貴子(さんきし)を得ました。神棚の前などで唱える「祓詞(はらえことば)」がいまもイザナギの名から始まるのは、この禊の物語があるからです。

神話のなかのイザナギ

天浮橋から最初の島を生む

天の神々から玉飾りの矛を授かったイザナギとイザナミは、天と地のあいだに浮かぶ天浮橋(あめのうきはし)に立ち、矛を海へさし下ろしてかきまわしました。『古事記』はそのようすを「塩こをろこをろに画き鳴して」と、潮がころころと鳴る音で伝えています。

矛を引き上げると、先から滴った潮が積もって島になりました。これが淤能碁呂島(おのごろじま)で、「おのずから凝り固まった島」という意味に解されています。2柱はこの島に降りて天之御柱(あめのみはしら)と八尋殿(やひろどの)を建て、柱をめぐって声をかけ合う儀式を一度やり直したのち、イザナギから先に「あなにやし、えをとめを(ああ、なんとすてきな乙女だろう)」と呼びかけて、淡路島をはじめとする島々を生んでいきます。

黄泉の国から逃げ帰る

火の神を生んだイザナミが亡くなると、イザナギは「いとしい妻を、子どもひとりと引きかえにしてしまった」と嘆き、黄泉の国まで迎えに行きます。イザナミは、帰れるよう黄泉の神と相談してみるので、そのあいだ自分の姿を見ないでほしいと頼みました。

待ちきれなくなったイザナギは、左の美豆良(みずら)にさした櫛の端の太い歯を折って火をともし、変わり果てた妻の姿を見てしまいます。追っ手から逃げながら髪飾りを投げると山ぶどうが実り、櫛を投げると筍が生え、坂のふもとでは桃の実を3つ投げて追っ手を退けました。最後は千引の石(ちびきのいわ)で黄泉比良坂(よもつひらさか)をふさぎ、石をはさんで別れの言葉を交わします。

「一日に千人の命を奪う」と告げる妻に、イザナギは「それなら一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」と答えました。死ぬ人より生まれる人が多いこの世のしくみは、ここから始まったと『古事記』は語ります。

禊から三貴子が生まれる

黄泉の国のけがれを落とすため、イザナギは筑紫の日向(ひむか)の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわぎはら)で禊をします。杖・帯・袋・衣・袴・冠、左右の手に巻いた飾りと、身につけていた品を投げ捨てるたびに神が生まれ、水に入って身をすすぐと、災いの神や、その災いを直す神、海の神々が次々に現れました。

最後に左目を洗うと天照大御神、右目を洗うと月読命、鼻を洗うと須佐之男命が生まれます。イザナギは「3柱の貴い子を得た」と大いに喜び、首にかけた玉飾りをゆらゆらと鳴らしながらアマテラスに授けて、高天原(たかまのはら)を治めるよう任せました。ツクヨミには夜の国、スサノオには海原が任されます。

スサノオを追い、多賀に鎮まる

海原を任されたスサノオは国を治めず、長いひげが胸もとに届くまで泣きわめいて、青い山を枯らすほどでした。わけをたずねると「亡き母の国へ行きたい」と答えたため、イザナギは激しく怒り、スサノオを追い払います。

『古事記』はこの場面のあとに、イザナギが「淡海(おうみ)の多賀」に鎮まっていることを記して、その物語を結びます(写本によっては「淡路の多賀」)。『日本書紀』の本文は、務めを終えたイザナギが淡路の洲に「幽宮(かくりのみや)」を構えて静かに隠れたとし、天に上って「日の少宮(ひのわかみや)」にとどまったという別の伝えも添えています。

古事記と日本書紀のちがい

アマテラスたち三貴子の生まれ方は、書物によって大きく違います。『古事記』では、イザナミが亡くなったあと、イザナギがひとりで禊をしたときに目と鼻から生まれます。ところが『日本書紀』の本文では、イザナギとイザナミが「天下の主となる子を生もう」と話し合い、夫婦で日の神の大日孁貴(おおひるめのむち)、月の神、蛭児(ひるこ)、素戔嗚尊の順に生みます。第五段の一書第一では、イザナギが左手に白銅鏡(ますみのかがみ)を持つと大日孁尊が、右手に持つと月弓尊(つくゆみのみこと)が現れ、首をめぐらせたときに素戔嗚尊が生まれたと伝えます。

黄泉の国の物語も、『日本書紀』の本文にはなく、一書(異伝)だけに記されています。第五段の一書第六は、イザナギが櫛に火をともした場面に「いまの人が夜にひとつ火をともすことや、夜に櫛を投げることを忌むのはこのためだ」と言い添え、黄泉の境の坂については「別にそういう場所があるのではなく、人が息を引き取るまぎわのことをいうのだろうか」と記します。一書第九は、桃の実を投げて雷の神々を退けた話を、桃で鬼を避ける習わしの由来としています。

家系図で二つの書物を切りかえて見る →
広告

姿のひみつ

国生みのはじまり、イザナギが天浮橋から天沼矛を海へまっすぐ下ろし、矛先のしずくから最初の島が生まれる瞬間を描いています。神話の時代の服装を直接伝える絵は残っていないため、記紀がまとめられるより前の古墳時代に、男性の埴輪(はにわ)が身につけていた装いを手がかりにしました。

  • 左右の耳もとで輪にした髪(美豆良)

    『古事記』には、イザナギが「左の御髻(みみずら)」にさした櫛の歯を折って火をともす場面があります。武田祐吉はこの髪形を「髪を左右に分けて耳の辺で輪にする」と注しており、古墳時代の男性の埴輪にも同じ結い方が見られます。

    『古事記』上巻「黄泉の国」(武田祐吉注)

  • 葡萄かずらの冠

    黄泉の国から逃げるとき、イザナギが投げた「黒御鬘(くろみかずら)」からは、蒲子(えびかずら)、つまり山ぶどうが実りました。武田祐吉は鬘を「植物を輪にして魔よけとして髪の上にのせる」ものと注しています。投げた鬘がぶどうに変わった話にあわせて、冠をぶどうのつるで描きました。

    『古事記』上巻「黄泉の国」(武田祐吉注)

  • 白い麻の衣と、膝下を紐で結んだ白い袴

    禊の場面でイザナギは、衣(きぬ)・褌(はかま)・帯・冠などを次々に脱ぎ捨てます。上下に分かれた服を着ていたことがわかるので、筒袖の衣にゆったりした袴をはき、膝の下を足結(あゆい)の紐で結ぶ男性埴輪の装いにならいました。色や布地は記紀に書かれていないため、白い麻布で描いています。

    『古事記』上巻「身禊」、風俗博物館『日本服飾史』

  • 翡翠の勾玉と管玉の首飾り

    禊を終えたイザナギは、首にかけた玉飾りを「玉の緒ももゆらに」鳴らしながらアマテラスに授け、高天原を任せました。この首飾りには御倉板挙之神(みくらたなのかみ)という神の名までついています。のちにアマテラスへ受け継がれる宝として、勾玉と管玉をつないだ首飾りにしました。

    『古事記』上巻「身禊」

  • 雲に浮かぶ欄干のない木の橋(天浮橋)

    記紀はどちらも、2柱が天浮橋に立ったと記すだけで、形は伝えていません。武田祐吉は「天からの通路である空中の階段」と注し、『丹後国風土記』逸文には、イザナギが天に通うために立てた梯子が、寝ているあいだに倒れて天橋立になったという話があります。そこで、後世の神社に見られる朱塗りの反り橋ではなく、手すりのない素朴な木の橋にしました。

    『古事記』上巻「島々の生成」(武田祐吉注)、『丹後国風土記』逸文

  • 玉飾りのまっすぐな長い矛(天沼矛)と、生まれかけた島

    『日本書紀』の本文は矛を「天之瓊矛」と書き、「瓊は玉なり」と注して、その読みを「ぬ」としています。『古事記』の「沼矛(ぬぼこ)」の「ぬ」も同じ玉を表すとみて、玉で飾ったまっすぐな矛にしました。矛は「指し下して」の言葉どおり真下に向け、その先から滴る潮が積もって淤能碁呂島ができていくところを描いています。

    『日本書紀』神代上 第四段本文、『古事記』上巻「島々の生成」

ご利益と信仰

滋賀県の多賀大社は、イザナギとイザナミを「伊邪那岐大神・伊邪那美大神」としてまつる神社で、地元では「お多賀さん」と呼ばれています。延命長寿・縁結び・厄除けのご利益があるとされ、東大寺の再建を命じられた僧の重源(ちょうげん)がここに参って20年の寿命を授かったという「寿命石」の言い伝えが残ります。命を生んだ神に長い命を願う、という結びつきが、ひとつの物語として語り継がれているのです。

淡路島の伊弉諾神宮は、『日本書紀』の語る淡路の「幽宮」の跡とされる神社で、平安時代の『延喜式』神名帳には「淡路伊佐奈伎神社」の名で載っています。伊勢神宮でも、内宮の別宮として伊佐奈岐宮がまつられ、867年(貞観9年)に宮号が与えられました。月読宮・月読荒御魂宮・伊佐奈弥宮と4つの別宮が並んで建ち、親子の神々の宮がひとところにそろっています。

日々の祈りとのつながりでは、神棚の前などで唱えられる「祓詞」が「掛けまくも畏き伊邪那岐大神」の一句で始まります。阿波岐原で禊をしたときに生まれた祓戸(はらえど)の神々に、罪や穢れを祓い清めてほしいと願う言葉です。黄泉の国から戻って身を清めた神話が、そのまま祈りの言葉になっているのです。宮崎市の江田神社の近くには、その禊の池と伝わる「みそぎ池」があります。

会いに行ける神社

  • 多賀大社

    滋賀県犬上郡多賀町

    伊邪那岐大神・伊邪那美大神をまつる。僧の重源が20年の寿命を授かったという「寿命石」の言い伝えがある

  • 伊弉諾神宮

    兵庫県淡路市多賀

    淡路国一宮。イザナギの幽宮の跡とされ、境内には樹齢800〜900年と推定される「夫婦の大楠」がそびえる

  • 伊佐奈岐宮(皇大神宮別宮)

    三重県伊勢市中村町

    内宮の別宮。月読宮と同じ一画に建ち、867年に宮号が与えられた。となりには伊佐奈弥宮が並ぶ

  • 江田神社

    宮崎県宮崎市阿波岐原町

    禊の地とされる阿波岐原に鎮まる古社。近くにはイザナギが身を清めたと伝わる「みそぎ池」がある

家系図のなかのイザナギ

子
蛭子火之迦具土神大山津見神天照大御神月読命須佐之男命

『古事記』では、アマテラス・ツクヨミ・スサノオは母を持たずイザナギひとりから生まれ、『日本書紀』の本文ではイザナギとイザナミの子とされます。山の神の大山津見神(オオヤマツミ)も2柱の子で、その娘がコノハナサクヤヒメです。 上の一覧は『古事記』による関係です。家系図で日本書紀と見くらべる

よくある質問

イザナギとイザナミはなぜ別れたの?
『古事記』では、黄泉の国で「わたしを見ないで」と頼まれたのに、待ちきれなかったイザナギが火をともして妻の姿を見てしまったことがきっかけです。恥をかかされたイザナミは追っ手を差し向け、イザナギは千引の石で坂をふさいで、石をはさんで別れの言葉を交わしました。『日本書紀』の一書第十では、イザナミのほうから「わたしはこの国にとどまり、いっしょには行きません」と伝えさせています。
「いざなぎ」と「いざなき」、どちらで読むの?
どちらも使われます。國學院大學の『古事記』神名データベースは「いざなき」と読み、いまは「ぎ」と濁って読むこともあるものの、記紀では清音の「き」で書かれていると説明しています。一方、『古事記』を訓読した武田祐吉は「いざなぎ」と振りがなをつけており、このページも現在広く使われている「いざなぎ」で表記しています。
イザナギが禊をした場所はどこ?
『古事記』は「竺紫(つくし)の日向の橘の小門の阿波岐原」、『日本書紀』の一書第六は「筑紫の日向の小戸の橘の檍原」と記します。どこにあたるかは古くから説が分かれ、武田祐吉も「九州の諸地方に伝説地があるが不明」と注しています。宮崎市阿波岐原町には、その地と伝わる江田神社とみそぎ池があります。
天橋立はイザナギとかかわりがあるの?
『丹後国風土記』の逸文に、国生みをしたイザナギが天へ通うために梯子を立てたので「天の椅立(あまのはしだて)」と呼ばれたが、神が寝ているあいだに倒れて横たわってしまった、という話が残っています。記紀の天浮橋とは別の、丹後の国に伝わる地名の由来話です。

出典・参考資料

  • 『古事記』上巻(武田祐吉訓読)
  • 『日本書紀』神代上
  • 『丹後国風土記』逸文
  • 國學院大學『古事記』神名データベース
  • 多賀大社 公式サイト
  • 兵庫県神社庁「伊弉諾神宮」
  • 伊勢神宮 公式サイト
  • 宮崎市観光協会「江田神社」
  • 北海道神社庁「神棚にお参りするときは何と言ったらいいのですか?」
  • 風俗博物館『日本服飾史』

神話の解釈やご利益には諸説があります。図鑑の書き方と絵の考え方はこの図鑑についてをご覧ください。

広告

神さま図鑑のトップへ(全30柱)

広告